玄工房:岩佐なをのブログ
詩と版画などなど ☆彡HPはこちら→http://genkoubou.web.fc2.com/ copyright©iwasa,nao

危うい

都バスの車庫が職場の近くにあります。都バスで通勤して、その車庫の前で降ります。降りたら車庫事務所の前の花壇に沿ってあるきます、いろいろ花が植えられているのですが、この箸で支えられたサボテンがいつも気になります。なんかいつかは折れて、オシマイなんじゃないかなぁ。危ういヤツ。


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新作

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「きのめ」技法:エッチング、ドライポイント、筆彩 80×44mm


冬になると銅版画用インクが固くなります。色を混ぜて練るときに、すこし温めてやると混ざりやすくなります。最初にどんなインクの色で刷ったかによって、手彩色するときの色使いも変わってきます。合わない色を無理やりに使ってみることもあって、これが案外おもしろい結果をもたらすこともあります。「やっぱダメ」のこともあります。

北村太郎の新刊

待望の『光が射してくる:未刊行詩とエッセイ1946-1992』北村太郎著・港の人2007.12が出版されました。本書は、詩人北村太郎の未刊行・未収録の詩とエッセイで構成されていて、これらの原稿は、今年の春、仕舞い込まれていた新聞や雑誌の切抜と一緒に発見されたそうです。534pから成る大冊です。さっそく購入して読みはじめました、エッセイに「会社づとめで一番いやなのは、他人とのつきあいで、わたくしは、「交際」という言葉を思い浮かべただけで自殺したくなり、できれば一日中、一言も口をきかずに会社の仕事をしたい位…」というくだりがあって、同感で笑ってしましました。とは書いても北村さんは、人一倍気遣いをして、ちゃんと人づきあいをしていたと思うのですが。詩篇も七つ載っていてどれも興味深いものでした。私は北村作品に大きく影響をうけて詩を作っているので、一編でも多く読みたいのが本心です。

日記

今日は代休で(3連休にはならなかった)、先週刷った銅版画が乾いたので取り込んで、手彩色をしました。それから文房具がいろいろなくなったので高田馬場に出て買い込み、芳林堂で新刊をながめました。その後は、地階のカンタベリ・カフェ(ここは私が学生の頃からある喫茶店、ということは三十数年あるんですね)コーヒーを飲み、馬場から九段下行きのバスに乗り30分のバス旅行をしました。このバスは、東京女子医大を通るのですが、そこで一番乗客が降ります。防衛省前も通りますが、誰も降りません。靖国神社前も通りますが、誰も降りません。英霊も乗ってきませんでした。

果てしなき連敗

今日も当たりませんでした、もちろん競艇のはなし。優勝戦の結果は1−4の大本命で、2連単では一番人気でした。買えないですね、そーゆーのは。地下鉄新宿線に乗って江戸川競艇場に行ったのですが(江戸川競艇場で浜名湖競艇場でやっているSGレースをテレビで見ながら買えるわけです)良い天気であまり賭博日和ではなかったですね。散歩日和だったといえましょう。江戸川競艇場には「はずれ舟券」をむしゃむしゃ喰ってくれる人口山羊がおります。写真のとおり。これは口の前のアクリル板に小さな穴が開いていてそこから舟券を差し込めるわけです。ひょっとすると「はずれ舟券」だけではなく「当たり舟券」も喰っちゃうかも。1000円札も喰っちゃうかも。





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チャレンジカップ

今日は出勤でした。3連休ではなかった。第10回競艇王チャレンジカップ(SGレース)が浜名湖競艇場で行われていて、準優勝戦でしたが、場外舟券を買いにいけませんでした。いけないと、当らないけど損もしないので、こころ穏やかですが、つまらないですね。あすは優勝戦なので場外(江戸川競艇場)で舟券買おうかなぁ。SGの優勝戦がガンガン荒れてくれるとうれしいのですが。本命サイドばかりじゃなぁ。浜名湖競艇場は3,4回行ったことがあります。磐田に出張の帰りに仕事をとっとと切り上げて行ったこともあります。2連単の時代、ここで万舟を取ったこともあります。新幹線に乗って大阪に行くとき、浜松駅を過ぎてしばらくすると右手に競艇場が見えるので、眠らないようにしています。

「明星」を考える

今日は、ラグビー早慶戦はビデオにとっておいて、毎日ホールで開催された「講演&シンポジウム:いま、「明星」を考える」に参加しました。講演:「明星」と自然主義(篠弘)、挿話:父萬里を語る(平野千里)、シンポジウム:いま、「明星」を考える(パネリスト・太田登、ジャニーン・バイチマン、松平盟子、米川千嘉子、司会・内藤明)というプログラムで、13時から16時半まで。シンポジウムで松平盟子さんが、「明星」は短歌のみで独立した雑誌ではなく、表紙などに当時のヨーロッパのグラフィックの影響なども見られ、
美術とも大きく繋がっていたという発言をされました。そのとおりで、私が今回の会に出かけた理由もその歌の世界(明星の周辺)と美術との関わりについて聞くことが出来たらと思っていたからでした。私が銅版画で創作している蔵書票が日本で初めて紹介されたのが、「明星」7号(明治33年)においてなのです。エミル・オルリックというチェコの画家がお土産で日本に持ってきた蔵書票(エクスリブリスともいいます)を「明星」の挿画に使って、これについて解説をつけています。興味のある方は、私のブログではなく、ホームページの方の「蔵書票」の箇所をご覧下さい。シンポジウムでは、天理大学教授の太田登さんの短歌史のなかでは「与謝野鉄幹→石川啄木→前川佐美雄」という(ファンタジアのある)系脈があるという話が興味深く、佐美雄の歌集『植物祭』をしっかり読んでみたいと感じました。


前川佐美雄の短歌:『植物祭』より(太田登氏のレジュメより)


砂浜にいつか捨てて来たぼろ靴をいま両眼鏡あてて見出そうとする


不安でたまらないわれの背後からおもたい靴音がいつまでもする

だち17

亀のだちは亀でしょ、やっぱ。亀八の上にはミドリ君ね。亀八の体重は460gなり。ミドリ君は7g!(かるー)


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だち(番外)

亀八を裏返すと、腹に不思議な文字が書かれています。なんて書いてあるんだろう。「亀をひっくりかえすなかれ」かな。


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ぼたん

両国橋の北詰には「ももんじや」があります。随分以前(江戸時代?)からあるようですが、今もちゃんとあります。店の入口の上に、アカガネで作られたと思われるイノシシ型の新看板が掲げられていました。看板というよりオブジェですかね。写真とってくればよかったなぁ。オブジェはでかくて一畳弱くらい。「ももんじや」では猪の肉を食べさせます、牡丹鍋。食べたことはありませんが、どんな味でしょうか。豚肉のワイルドなかんじ?興味はあります。「ももんじや」とは、妖怪のことを意味する「ももんがぁ」「ももんじぃ」に「屋」が付いたのだそうです。妖怪が猪や鹿の肉を調理して、美味しく食わせてくれるという意味でしょうか。そうだとすると、だんだん行きたくなってきました。寒くなってきたし。

両国橋

木山捷平の短編小説「川風」のラストシーンは、両国橋の上で散歩中の主人公が若い女性に偶然出会い世間話をして別れるというものです。その女性は、いま家で亭主が賭け将棋に熱くなっているので外に出てきた、行くあてもないのでこうして橋の上で月を見ている様子をしていたのだ、と話します。彼女は、両国橋東の荒物屋の二階に住む自動車運転手の女房。最後に「…わたしをへんな商売女だとお思いになったでしょう」「いやいや、へんな女だとは毛頭思わなかったが、ちょっと思いつめたことのあるひとだとは思いましたね」「じゃ…、どうか気持をゆったりとね」「ありがとう。小父さんもお元気でね」と言って別れる。ただそれだけ。日常的でとりわけ事件でないことを描きながら、おもしろく読ませる木山作品は、時折魔術のようにも感じます。(「川風」は講談社文芸文庫『鳴るは風鈴:木山捷平ユーモア小説編』講談社2001.8に収録)


両国橋から北側、総武線鉄橋を臨む



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前売り買いに

昨日は、12月に行われるプロボクシングの前売りチケットを買いに後楽園ホールに行ってきました。今年もホール最後の大きな興行は12月22日の全日本新人王決勝戦です。その前に、日本タイトルマッチを二つ見に行きます。特に、6日の湯場忠志対牛若丸あきべぇの試合は注目の好カード。何度も書きますが、好カード=好試合とはかぎらないのですけれどね。写真は、東京ドーム前に座っていたくまさん。と、後楽園前(水道橋の前でもある)の道で東京国際女子マラソンを応援する人々。小さく選手の後姿が見えますが、わかりますか?この時点で4位の選手だと思うけど、だれだろうか。


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しぶとい

今年の7月7日(土)に入谷の朝顔市で買った鉢。なんと昨日花が咲きました。はっぱなんか枯れているんだがなぁ〜。実はもう一つ蕾があります、これは花開くかどうか・・・。


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送る声

昨晩は、後楽園ホールで、プロボクシング元東洋太平洋チャンピオン二人の引退式がありました。本望信人坂本博之。両者ともに世界に挑戦しましたがチャンピオンにはなれませんでした。この二人は同じ角海老宝石ジム所属で階級も近いので、最後に2分3Rのエキジビジョンマッチをしました。本望はディフェンスで、坂本は左のカウンターで見せ場を作りました。あとはボクサーを送るテンゴング。ゴングが終わって拍手があって「さかもとーっ」「ほんもーっ」と男の激しい声が聞えるのは良いものです。あ、思い出した。稲尾も死んじゃったけど、鶴岡が死んで葬儀の後、霊柩車が発車するときにも同じ種類の声が「つるおかーっ」とかかっていましたね。

最近の作品

福の種類

岩佐なを



(朱)
「死点」とふるえる細い筆で書いてみて
(それは平面上の座標ではあらわせない)
ふと感じたことは
その地点に立てば
誰かが迎えに来るかもしれない
ということ
連絡をうけとれるかもしれない
ということ


(白)
それはけっして
自分が厭う誰かのざつなひとがたではなく
むしろうなずき
薄い笑顔でのんびりついていきたく
なるあたたかいひかりのおもかげ
あるいは
いいにおいのする眠りの気配と
貌を見せないための白い一枚
そこにそよぐ風の方便


あ、
首の細い
ミルクオレンヂ色した
花びらの誰か
ゆれた(来るかもしれない)

あたかも
捨てられて
「死」しかないところで
救われたたましい
(いぬ?)
の側から書かれた
平信
(うけとれるかもしれない)


おもいだしてみましょう。
身のほどに合ったあとづけの記憶を
ひとつひとつ
都合不都合好都合
いりみだれ
夜中の声を聴きわけ
明け方までに整える
つみほろぼし
散散の岸(わかげの濡鼠)
燦燦の丘(ひだまりの木)
 *
産婆(おお、よいこ
賛美(晴れるや
三分(まちぼうけ
酸鼻(なくなわらうな
三辺(ひとの距離
散歩(の果て
参墓(じゃなくて
墓参(していただく


(冥)
連続する生を外れて
九月の雨ン中
濡れ流れ去ってゆくものへ
ひとつ
福の衣を
ふたつ
袖丈の幸


「現代詩手帖」(思潮社)2007.11月号より

だち16

亀八を連れてのお散歩。亀八は鉄で出来ているので、ガメラくらい重いのです。以前、足の上に落として(正確には、落としたときに、床に傷をつけてはいけないととっさの判断から左足を出し、甲でワンクッションつくるべく受けた)いてーのいたくねーのって、痛かったでございます。骨折れた?と思ったものです。亀八当人はへっちゃらでした。亀八の背中には座禅した仏さんが乗ってはります。


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夕暮れ

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江戸川競艇場。見直すも当たり舟券なかりけりふところ寒き秋の夕暮れ。中川の競艇場水面にときどき一般の船も走ります。競艇場のスピーカーの上にはユリカモメでござんす。

橋君

今週も、調べものがあって神奈川県立近代美術館に勤める橋君が私の職場(図書館)にやってきました。来ると昼飯を一緒に喰います。今、カマキン(神奈川県立近代美術館・鎌倉)でやっている展覧会は、前にも書きましたが、日本画家の「玉村方久斗」展です。


私「先週の土曜に玉村方久斗の雨月物語絵巻、みたよ」
橋「よかったでしょ」
「うん、青頭巾なんか血まみれだったね」
「全部開けないけどね」
「絵巻物は全部みたいよね、ずーーーっと広げてもらって」
「ああ、他からも言われた。全部見せてくれ〜、消化不良になる〜、って」
「菊花の約も首をはねて、血まみれだったね」
「そうね」
「赤がきれいだね」
「そうだね」


1970年の秋にカマキン館長土方定一がムンク展を開催しましてね。
「叫び」も来ました。高校一年(16歳)だった私は、友人と二人でこのムンク展をみにカマキンに行きました。(けっこうショックで、家に帰ってからカタログを見ながら絵を真似したりしました)このとき、二人で「こういう美術館の美術専門の職員みたいな仕事(学芸員という言葉を知らなかった)やりたいよね〜」と言いました。私は果たせませんでしたが、友人はそれから14年後にカマキンの学芸員になりました。それが橋君です。


色校正

勤め先の他の部署から「曾宮一念の油彩を貰ったけど、評価額を出してくんない?」と言われました。「むずかしいですね」。まず見てみたい、大きさ作品の雰囲気、制作された年代・・・などなど。『美術年鑑』などは一応1号の価格などが各作家ごとに記されているのですが、存命の作家ばかりです。近代現代日本の油彩を扱う画廊にきくのが手っ取り早いでしょうね。


で、曾宮一念といえば、洲之内徹のエッセイに出てくるなぁと思い出し、「気まぐれ美術館」のシリーズを繰ったら、『帰りたい風景』(新潮社)に載っていました。


曾宮一念は江戸っ子です、霊岸島あたりの生まれ。早稲田中学から東京美術学校へ。晩年は失明して絵は廃業し、文章を書いていました。職場(図書館)には単行本の『帰りたい風景』があり、その口絵にカラーで曾宮一念の作品「裾野と月」が載っていました。あまりいい絵じゃないんですね、色がへんで。で、家に帰ってから新潮文庫になった『帰りたい風景』の口絵を見たらすごく良い絵なんですね、色が良くて。まいったなぁ〜、ホンモノの色はどんなのかなぁ。印刷はあてになりません。特に微妙な色で工夫して描いている画家は、印刷物に作品を載せる時、色校正がたいへん難しいだろうなぁ、と再認識しました。

港の人

イチョウ並木が金色に染まり
太い幹のうえのほうがきらきら輝いている
ほんとうにカモの脚みたいな葉っぱが
広い歩道にたくさん落ちていた
そのうえを歩くと
この世でないみたいなたよりない心持ちがする
いい天気で
ためいきも出そうにない
向こうから
助けてくれそうな人が
うなだれてやってこようとしている


     北村太郎『港の人』より


北村太郎の詩集の中で一番好きなのが『港に人』(思潮社1988.10刊)です。「秋の横浜」と聞くと、いつもこの『港の人』を思い出します。この詩集は、秋の時分だけを書いたわけではなく、一冊の最後の方は春から初夏にかけての背景が描かれています。それでもなんとなく『港の人』=秋、と思ってしまうのは、詩人が秋に亡くなって、「北村太郎の会」が秋に行われるからかもしれません。晩秋から初冬にかけては、平日の横浜港周辺を散歩してみたい気分になります。

肌寒い日曜でございます。関東大学ラグビー対抗戦グループ、早稲田大学対帝京大学戦を秩父宮競技場へ見に行こうかと思いましたが寒いのでやめました。根性ね〜え!。年よりは、風邪→肺炎→死亡となるからね、テレビで見ました。1年生がずいぶん出てきました。なかなか活きが良くてよろしい。ひさびさに銅版画を作ったので、仕事場へ試し刷りにいきました。まぁまぁのできです。寒くなってくると銅版画のインクも幾分固くなってきます。そのあと、紙がなくなっていることに気づき、文房堂にアルシュのホワイト・中判250kgを買いにいきました。前にも書きましたが、アルシュのクリームは、いま日本に入ってきていないそうです。困るんじゃが。

八幡さま

カマキンは空いていましたが、鶴岡八幡宮は早めの七五三と、結婚式で混んでいました。境内では、菊の品評会が行われていました。あんな大きな菊の花はどうやると育つのでしょう。賞も与えられていましたが、どんなところが優秀かそうでないかの目の付け所なのかな??。みんな凄いですよ。実朝が斬られた場所として有名な大銀杏の前に居る狛犬君の「阿吽」の「吽」君。昔から表情が好きで何度も写真を撮っていますが、今日も撮ってしまいました。最初に撮ったのは高校の頃だと記憶しています。


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カマキン

カマキン(神奈川県立近代美術館・鎌倉)に行って来ました。今は葉山が神奈川の近代美術館の本店のようになっていますが、ずっとむかしから出かけているものにとっては鎌倉のおやかた(親方ではない)が懐かしいです。


玉村方久斗展をみました、ひとに勧めておきながら自分がみていないのではいけませんので。なかなか面白かった、知らない画家は沢山いるものだなぁ、と思いました。圧巻はやはり上田秋成の『雨月物語』に取材した絵巻です。血みどろのもの、頸はねるものがありましたが、不気味ではなく、どちらかというと滑稽な緊張感(もちろん、褒めているのです)も感じました。つくづく思うのですが、グロテスクなものと滑稽なものは近しいようです。玉村方久斗の描く人物は、目の辺りがみんな緊張感にあふれている感じがしました。で、目が小さい。家庭の日常を描いても何だか緊張感があって(倦怠感の人も居て)、不思議な雰囲気です。お勧め展覧会です、みてみてくださいまし。


写真は、美術館の喫茶のベランダから庭の池と木々を写したもの、銀杏は色づいていました。池には、夏だとおおきなスッポンを見ることができるのですが、もう寒いから泥にもぐって冬眠かもしれません。


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気まぐれ

先月出版された『洲之内徹:絵のある一生』(とんぼの本)新潮社刊、をいただいたので見たり読んだりしています。洲之内は二十数年前「芸術新潮」に独特の美術エッセイを連載していました。「気まぐれ美術館」のシリーズです。面白いので毎月楽しみに待って読んでいた記憶があります。その後、単行本にもなりました。今度、シリーズ6冊分が新装で出版されます(新潮社)。分売不可、セット価21000円、買おうかなぁ、どうしようかなぁ。古い版はあるんです。洲之内は「いい絵とは何か?」の問いに「一言で答えなければならないとしたら、盗んででも自分のものにしたくなるような絵である」といっています。なるほど、良い言葉です。

仏さま

薄手の紙に刷った銅版画を60枚ほど台紙に貼ることになりました。で、コンビニに糊を買いにいきました。入口に雑誌があったのでパラパラと見て、缶ビールがきれそうになっていたことに気づき買いました、あ、牛乳も。そして家に戻ってきたら、糊を買っていませんでした。う〜、俳人だ、じゃーなかった、廃人だ。今晩は、作業はしないことにしましたとさ。


久々に、『尾崎放哉句集』(岩波文庫)から。


今夜も星がふるやうな仏さまと寝ませう


?!。仏様が布団に入ってくるのかな?
そんじゃねられないじゃん。
仏さまって、死んだ人(死にたての人)のことかな?
それも、一緒だとあまりよく眠れないような・・・。

テーマ:恋愛小説 - ジャンル:小説・文学

玉村方久斗

昨日は、神奈川県立近代美術館に勤める橋君が職場に来ました。お土産は、自分が手がけた展覧会「玉村方久斗」展の図録でした。ぱらぱらと見たら、彼がカタログを作るときにシーンを選らぶのに苦労したと言ったとおり「雨月物語」の絵巻物は激しく血まみれでした。
「すごいね」「すきでしょ?」「まあね」「もっとあるよ。みにきて」「きっといくよ」。玉村方久斗の作品は日本画が主ですが、銅版画も作っています。これも実物を良く見てみたいと思っています。
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/

蛇の花嫁

仕事の関係で、大手拓次の著書を何冊か手にとって見ました。大手拓次は結核で46歳で没し、死後ようやく友人の画家・逸見享の肝煎で詩集が出た詩人です。『藍色の蟇』(アルス1936)が第一詩集。それから詩画集『蛇の花嫁』、訳詩集『異国の香』、『詩日記と手紙』。この中で『蛇の花嫁』の挿絵は、拓次のドローイングを用いていて、それが漫画のようでもあり思いつきの走り描きのようでもありますが、不思議な雰囲気を醸し出していて、しばし見とれました。「蛙のたたかい」と言う絵は、何本も手足のある蛙同士が向き合って踊っているように見えます。「戦い」としても、せいぜい口喧嘩の域です。「蛙の魔術」という絵もあって、これは横向きの蛙が口から花をぽっぽっと吐いていました。

だち15

あーら、ふしぎ、ふしぎ。一夜にしてガマの上の青年は、絶世の美女に変身いたしましたぁ!


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だち14

ガマ君でました。これはなんとかガエルという名まえで、海外のあっちのほうにいます。細かいことは忘れたので図鑑を調べてください。むかし、上野動物園で買いました。ゴム製でボールのようです。買った当時は嬉しくて壁にぶつけてキャッチして遊んでいましたが、右の手が捥げそうになったので、最近は置物になっています。今回は見立て「地雷也」です。地雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)は歌舞伎狂言時代物のひとつです。がまの妖術を使う尾形周馬という人が出てきます。詳細はサーチエンジンで調べてみてくんなまし。このガマ君を裏返すとコピーライトがありました。


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方久斗の件

あついあついあつい、と言っていたら今日は肌寒いですが、お昼におかめそばを食ったらまた暑くなりました。しかし汗かいて冷えると寒い。こうして風邪をひいていくのでしょうか。明日から、神奈川県立近代美術館・鎌倉館で「玉村方久斗」展が開かれます。波乱万丈の芸術生活だったようです。日本画を新しくしようと考え、様々な挑戦をしていったようです。天才のようです。エッセイストの玉村豊男さんの父上のようです。まだ見ていないのでみんな「ようです」です。方久斗は「ほくと」と読みます、戦う日本画家だったという解説を読むと「ほくとのけん」という題名が脳裏を掠めるような・・・。グロテスクで諧謔的な絵巻物も展示されているようなので愉しみこの上ないです。神奈川県立近代美術館のHPをまず見てみてくださいまし。

暑い。

寒いような暑いような毎日ですが、わたしは暑くてたまりません。更年期障害でしょうか。今朝乗った都バスは暖房がきいていて、上着を脱いでも暑いので、下着も脱ごうかと思いました。久しぶりで、バスに酔いました。ゲロはしませんでした。帰りは、九段下の駅が暖房をきかせてるらしく、暑いのなんのって。8月中旬の熊谷くらい。(うそうそ)今年は9月まで暑かったので「暑い」ことをまだ忘れていません、寒いな〜っと思ってからの暖房がよいのじゃが。

プロフィール

Author:岩佐なを(詩人、版画家)
日常おもったことなどを書きます。詩や版画中心に書こうと思いますが、プロボクシング、競艇についての感想のほうが多くなるかもしれません。単に「うしのよだれ」かも。ご容赦願いたく。★ホームページもあります。ご覧下さい↓http://genkoubou.web.fc2.com/
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